ホーム 芸能ニュース・ゴシップ 第70代横綱日馬富士公平の経歴と知られざる素顔を徹底解説:モンゴルでの生い立ちから引退後の慈善活動まで

第70代横綱日馬富士公平の経歴と知られざる素顔を徹底解説:モンゴルでの生い立ちから引退後の慈善活動まで

氷室 瑞希 氷室 瑞希 • 更新: • 公開: • 読了約 7 分
目次

第70代横綱として角界に圧倒的な足跡を残し、土俵を去った後も独自の道を歩み続ける日馬富士公平氏。モンゴルでの少年時代から日本での相撲人生、そして引退後に情熱を注ぐ慈善活動に至るまで、公式ファクトに基づくリアルな実態を紐解きます。現代における彼の足跡は、単なる元アスリートの枠を超え、多くの人々に示唆を与え続けています。

【この記事の重要ポイントまとめ】
  • 要点1:モンゴル・ウランバートル出身で、父親の背中を追いかけながらブフや柔道を通じて基礎を培った少年時代。
  • 要点2:「安馬」から「日馬富士」へ四股名を改め、第70代横綱へと昇進。卓越した技術と闘志で数々の名勝負を演出。
  • 要点3:引退後は教育や医療支援、障害者支援など多岐にわたる慈善活動に尽力し、社会貢献を実践。

生い立ちとルールの原点:ゴビアルタイから相撲界への扉

日馬富士公平

日馬富士公平氏(本名:ダワーニャム・ビャンバドルジ)は1984年4月14日、モンゴルのウランバートル市内で生まれました。実父であるレグジーブーギーン・ダワーニャム氏は警察官であり、モンゴル相撲であるブフの国家ザーン(大相撲の関脇に相当)という実績を持つ人物でした。この父親の元で3人兄弟の末っ子として育ち、幼少期から兄と相撲を取る遊びを通じて自然と勝負勘を養っていきました。

ウランバートルの柔道クラブにも通い、後の横綱・朝青龍や朝赤龍、時天空といった錚々たる顔ぶれと共に稽古に励んだ経験が、彼の身体能力と競技への姿勢の土台となっています。取組前の場内アナウンスでは、父親の出身地であるゴビ・アルタイ県が自身の出身地として紹介されていました。厳格でありながら「人のために尽くす人間となれ」と常に諭してくれた父親の教えが、その後の人生観を大きく形作ることになります。

安馬から第70代横綱へ:栄光の相撲人生と歩み

初土俵を踏んだ当初の四股名は「安馬 公平(あま こうへい)」でした。この「公平」という名は、自身が「日本の父」と慕う後援会長の小巻公平氏にちなんで名付けられたものです。軽量ながらも圧倒的なスピードと鋭い踏み込み、そして抜群の技を武器に番付を駆け上がり、2008年11月場所まで安馬として土俵を務めました。

その後、さらなる飛躍を遂げて第70代横綱へと昇進。2012年11月場所から2017年11月場所にいたるまで、横綱として土俵の厳しさと美しさを体現しました。身長186cm、体重137kgと横綱としては小兵でありながら、右四つからの寄りや得意の多彩な攻めで大型力士を圧倒する姿は、多くの相撲ファンの記憶に深く刻まれています。

【日馬富士公平】の経歴・主要ステップ一覧表

時期・年号 主な出来事・キャリア 備考・詳細
1984年4月14日 モンゴル・ウランバートルで誕生 父はブフ国家ザーンのレグジーブーギーン・ダワーニャム氏。
入門〜2008年11月 安治川部屋(のち伊勢ヶ濱部屋)に入門し、「安馬」として活躍 小柄な体格から繰り出されるスピード相撲で注目を集める。
2008年11月場所後 第70代横綱に昇進 四股名を「日馬富士公平」に改め、新横綱としての土俵へ。
2012年〜2017年 横綱として活躍(2017年11月引退) 卓越した技術と勝負強さで数々の優勝を果たす。
引退後〜現在 慈善活動、教育支援、福祉施設の運営に尽力 ハートセービングプロジェクト(HSP)や障害者支援などを継続。

知られざる素顔:子どもたちへの温かな眼差しと教育への想い

土俵上の鬼気迫る表情とは裏腹に、日馬富士氏の素顔には深い優しさと面倒見の良さがあります。地方巡業の折、不登校に悩む少女を見かけた際には、自ら歩み寄って「おいで、一緒に写真を撮ろうよ」と優しく声を掛けたというエピソードが残っています。その心遣いに触れた少女はすっかり相撲好きになり、元気に学校に通うようになったといいます。

また、プライベートでも家族を大切にしており、長女が青山学院初等部に通っている縁から、2017年8月に開催された夏巡業の青山学院大学場所では「青学の子どもたちに伝統ある相撲を好きになってもらいたい」と語るなど、次世代の育成や地域との交流を心から喜んでいました。

引退後の慈善活動と社会貢献:モンゴルと日本を結ぶ架け橋

土俵を離れた現在、日馬富士氏の活動の軸にあるのは、父から教わった「人のために尽くす」という信念です。モンゴルの心臓病の子供たちを救う医療支援NPO「ハートセービングプロジェクト(HSP)」の会員として活動を続け、医療環境が十分に整っていないモンゴルの地方での検診活動の費用を、現役時代の懸賞金ですべて賄うなど、私財を投じて子どもたちの命を守る支援を行っています。

加えて、日本の小児循環器病棟への慰問活動を継続するほか、首都ウランバートル市内では視覚・聴覚障害を持つ人々のための雇用施設を運営するなど、福祉の現場にも深く関わっています。相撲というスポーツを通じて培った精神力を、社会的な弱者や未来を担う子どもたちの支援へと昇華させている点が、彼の現在の最大の社会的役割となっています。

【日馬富士公平】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:日馬富士公平の本名やモンゴルでのルーツは何ですか?
A1:本名はダワーニャム・ビャンバドルジです。ウランバートル市内で生まれ育ち、警察官でブフの国家ザーンだった父親の背中を見て育ちました。

Q2:現役時代の四股名「安馬」の由来は何ですか?
A2:入門から2008年11月まで「安馬」の四股名で活躍していました。「公平」の名は、自身が「日本の父」と慕う後援会長の小巻公平氏にちなんでいます。

Q3:引退後はどのような活動を行っていますか?
A3:モンゴルの心臓病児を支援する「ハートセービングプロジェクト」への参加や、視覚・聴覚障害者のための雇用施設運営など、国内外で多岐にわたる慈善活動や福祉活動に尽力しています。

まとめ:元横綱としての誇りと、未来へ繋ぐ社会貢献の姿

第70代横綱・日馬富士公平の歩みは、単なる勝負の世界における栄枯盛衰にとどまらず、一人の人間としての誠実さと行動力の軌跡そのものです。幼少期に父親から授かった教えを守り、土俵の上では全身全霊で相撲道に打ち込み、土俵を降りてからは医療や福祉、教育の現場で社会的責任を果たし続けています。2026年現在も、その揺るぎない信念と温かい人柄は、国境を越えて多くの人々に勇気を与え続けています。


同じカテゴリの記事

氷室 瑞希
トレンドリサーチャー 氷室 瑞希
プロフィールを見る →

アニメ・漫画担当として6年以上の取材経験。anime領域の公式発表・配信元の告知を一次情報として確認し、確認できない情報は記事に含めない方針です。

おすすめの関連記事